三好(左)と吾妻(右)、パーソルキャリア丸の内オフィスにて

パーソルグループのスローガン「はたらいて、笑おう。」をテーマに、パーソルキャリアに中途入社し、現在活躍している社員を紹介します。今回は、パーソルキャリアの「i-common(アイコモン)」事業に在籍し、60代の今も奮闘し続けるふたりのシニア・三好公男と吾妻清志です。 「人生100年時代」という言葉が定着しつつある昨今、一般的な定年の概念を超える働き方が進んでいます。彼らはどのように自分の居場所を見つけ、チャンスをつかんだのでしょうか。

安定業界を捨てた異端児は、バブルとリーマンショックで天地を知る

―パーソルキャリアの「i-common(アイコモン)」は、大手企業出身の元エグゼクティブなど特定分野に深い知見やネットワークを持つ専門家にご登録いただき、その専門性をクライアント企業の経営・業務課題解決に向けてプロジェクト型でご支援するサービスをメインに行なっています。ここで業務委託として働く三好公男は、取材当時64歳。紆余曲折の中で今があります。

三好は北海道出身で高専(苫小牧高専 工業化学科)を卒業後、1975年に大手の化学メーカーにプラントエンジニアとして就職しますが、わずか2年で退職。当時、まだ転職は一般的ではなく、安定している大手企業を短期間で退職することに対して「信じられない」という声の嵐でした。

どうしても相場の世界に行きたくなっちゃったんですよね。小学校 5年生のときから株式相場に興味があったんですが、兄に習ってなんとなく化学の道に進んでしまって……。メーカーは安定していたけれど、やりたいことをやらないで後悔するよりも、えいや!って飛び込んだ方がいいって思ったんです。

―そうして入社したのが中堅の証券会社でした。個人営業(うち支店長を約4年)を10年、法人営業では金融法人・事業法人・IPO支援(新規株式公開)を10年、株式マーケットの世界にどっぷりのめり込んでおり、世にいうバブル時代も経験。

苦しいことよりも、楽しさの方が圧倒的に勝っていましたね。売り上げの数字=人格と思われるような世界だったので、売るほどにモチベーションも職位も人望も上がっていくようなすごい世界でした。
ただ、それ以上に、お客様の話が面白くて!企業経営者や各種士業の方など、富裕層の方々との接点が多かったんですが、皆さんのこれまでの経験が本当に面白いんですよね。一人ひとりの自著伝を読んでいるようで、ここで多くのことを学ばせてもらいました。

―まさに天職かと思われるような世界でしたが、三好は相場の世界を去ることになります。きっかけは山一證券の倒産でした。今所属している証券会社の企業努力・個人の努力では、成長の限界……と肌で感じた三好はまったく違う大手IT企業に転職するのです。

知り合いのつながりで入社しました。当時 43歳で、普通に考えたら異業界への転職なんかできるわけがなかったんです。そこで、かつてよりつながりがあった方に頼んで入社させてもらいました。ただ、本当に未経験で何もわからない状態でしたから、毎日終電まで残って勉強して、何とかついていこうと必死でしたね。

―IT企業では営業を経験後、ITコンサル・ベンチャーキャピタルへの出向や、特例子会社での新規事業立ち上げなどを担当してきました。 事業の根幹に関わるやりがいを感じていましたが、リーマンショックが会社を襲います。三好を入社に導いてくれた方が引責辞任することになり、三好自身も苦渋の思いで部下をリストラした後、自らも退職をすることになったのです。

自身の役割は「触媒」、化学反応を起こすことが何より面白い!

数ある趣味のひとつが釣り。仕事以外もフットワークが軽いことが三好の強み

そんなときに出会ったのがパーソルキャリア(旧インテリジェンス)。今回もまた人とのつながりがきっかけでした。 パーソルキャリアで再就職支援事業(リストラなどの事情により、退職を余儀なくされる労働者などの円滑な再就職を支援すること)を立ち上げることになり、知人からの紹介を受け、入社することになりました。ところが、そんな三好に再度大きな転機が訪れます。

60歳になって、がんが見つかりましてね。実はかなり進行していて、 5年後の生存率 25%って言われたんですけど、「25%もある!」ってポジティブに受け止めました!そこでもっと面白いことをやりたいって思うと同時に、フルタイムでは続けられないなと思ったんです。そんな状況だからこそ、「i-common」に行きたいと思って、異動してきたんです。

―なぜ病魔の体にむちを打つような選択をしたのか。その大きな決断のポイントは、企業の課題解決のために、自分と同じ世代の専門家の登用を提案するという「i-common」のビジネスモデルでした。これまでにないそのビジネスモデルは、企業の課題解決の新たな選択肢となりうると確信したのでした。
一方で、企業の経営者や事業責任者を相手に百戦錬磨の戦いをしてきた専門家の登用を提案する「i-common」の組織は、20代の若手がほとんど。ひょっとしたらこれまでの自分自身の経験を活かせるのではないか、と考えたのです。
週4日で働く三好のミッションは顧客基盤の拡大と、社員の育成です。三好のこれまでの人脈を使って、「i-common」のサービスを提案するために各企業の経営層らをつなぐのです。また、過去のお付き合いだけではなく、新しいチャネルの創出のために金融機関や各種事業会社へのアライアンスの提案も行なっています。さぞ「i-common」の中でベテラン感を醸し出しているかと思いきや、まったく逆の状況でした。

若手の社員から本当に多くの刺激を受けています。もちろん私が教えることもありますけど、それ以上に刺激や学びが多くてね。たとえば、企業の経営層宛てに営業同行をしますよね。そこで化学反応を目の当たりにするんですよ。
持論を持っている企業の経営層に、ポテンシャルの高い「i-common」の若手社員がぶつかっていき、その経営層の方々は社外の人の意見で刺激を受けるし、若手社員も提案することで成長する。そんな姿を見られるので、私にとっては二度おいしい思いをさせてもらっています(笑)。

―化学業界出身の三好らしく、自身の役割を化学反応を促進させる「触媒」と表現しています。この触媒は、思わぬ効果ももたらしています。「i-common」に異動してきてから、三好のがんの再発は止まっているとのこと。若手社員のエネルギーが、三好にとっての最良の薬になっているのです。

「我以外皆我師」人からの教えをすべて糧にする力こそがシニアの生きる道

趣味はスキーやサーフィンの吾妻。プライベートの充実が仕事の充実につながる

―2018年、吾妻清志は長年の付き合いの三好の話を思い出し、異業界の「i-common」に飛び込んできました。
吾妻と三好はIT企業時代の同僚です。吾妻は、前職でSEやプロジェクトマネージャーとして10年間従事し、その後、事業部長を歴任、複数のグループ社の社長にも就任していた強者です。以前より三好から「i-common」の話を聞き、若手から受ける刺激がたまらないという話を何度も耳にする中で、徐々に興味が高まっていました。

新卒で入社した IT企業に 32年勤めた頃に「i-common」の事業責任者に会って話を聞き、『社会に役立つ面白いビジネスだな』とは思っていたんです。そんなときに東日本大震災があって、多くのことを考えるきっかけとなりました。そのうえで新しいことに挑戦したくなったんです。

―そのまま「i-common」へ入社、とはならず、新しいことをしたいと思い、先輩の会社の上場支援をするために転職しました。しかし程なくして上場方針がなくなり、再度在籍していたIT企業へ出戻り入社。ただ、どうしても満足できない日々でした。吾妻の言葉を借りるのであれば「スリルとサスペンスがほしい」状態だったのです。もっと密度の濃い経験をしたいと思っていたときに、三好の話が脳裏をよぎりました。

若手と一緒に仕事ができて大変だけど楽しいぞ、って言われていたんです。ただ、いざ入社を決めるか決めないかのタイミングになってくると『本当に大変だぞ』って脅しになってきて(笑)。
それでも普通の転職ができる年齢でもないですし、事業責任者からは「うちで楽しんでみませんか?」と言われ、最後のチャンスとして新しいことにチャレンジしたいと思って決断しました。

―三好同様、「若手から教わってばかり」と謙遜していますが、確固たるポリシーを持っていることがこれまでの経験の深さを物語っています。

仕事のルールが日々変わることも多いので、スピード感についていくのは本当に大変です。ただ自分自身のモットーとして「我以外皆我師(われ以外みなわが師)」と思っているんです。自分以外の人たちからの学びが自分の糧になっていますし、そんな気持ちでみんなにも取り組んでほしいと感じています。自分が「i-common」を去るときに、いてもらって良かったと思ってもらえたらと思うし、そのために若い人の成長に携わり、少しでも組織を強く、良くしていきたいですね。

―これまでの会社とはまったく違う文化や社風に驚きつつも、どんな環境でも教わることの多さに感謝しているからこそ、吾妻は新しいチャンスを自分のものにしているのです。

まだまだ現役続行中。シニアが目指す夢とは

―まだまだ現役。同世代では定年を迎えて引退している人も多い中で、2人の夢はこれからも続いていきます。三好が語った、これから「i-common」でやりたいこととは。

まずは私のミッションである顧客基盤の拡大のために、もっともっと新しい企業の経営層とチャネルを増やしていきたいですね。リレーション構築なくしてソリューションの提供なし、が私のモットーです。リレーションづくりは属人的になってしまうことが多いのですが、私自身がトリガーになりながらも、若手の社員に財産として残していけるようにしたいですね。もう、すっからかんになるまで、ミイラになるまで出し切りたいです(笑)。

―営業同行のかたわらで、三好の商談の様子を必死でメモする若手社員。訪問終了後、すかさず社員が自身のトークなどに対するフィードバックを求める姿勢。そんな様子から逆に刺激とやりがいをもらっているのです。仕事だけではなく、ライフワークにしている趣味でも夢は広がります。

水彩画をちょっとだけかじっていますので、 70歳で個展を開く妄想を描いているんですよ。あと何年仕事するかによっては、個展を開くのも遅くなるかもしれないですけど、先々の楽しみですね。あとは今、地元のソフトボールチームにも所属しています。平均年齢 68歳!私は若手としてプレーしています(笑)

―アクティブなシニアっぷりは吾妻も負けていません。

夢はね、孫とスキーやサーフィンをすることなんですよ。私の父親が私の娘とスキーをしていましてね。今私の孫が 2歳なので、行けるんじゃないかと思っています(笑)。

―このふたりから学ぶことは、仕事のノウハウ以外にもたくさんあることでしょう。経験を積んだからこその知見と、経験がないからこその柔軟性・謙虚さ。これらが絶妙に融合している「i-common」のふたりは、未来の働き方を体現しているのです。

※この記事は2018年9月の内容に加筆・修正を加えたものです。