「自分らしく、やりがいを持ってはたらきたい」。そう思っている人は多いはず。しかし、実現することは容易ではありません。その想いを実現し、現在第一線で活躍するビジネスパーソンは、どのように考え、学び、そして選択したのか。彼らの「キャリアオーナーシップ論」に迫ります。
『インディ・ジョーンズ』や『E.T.』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『トップガン』『ミッション・インポッシブル』『タイタニック』など、数え切れないほどの名画の映画字幕翻訳を手掛けてきた、戸田奈津子さん。無類の映画好きだった彼女が、20年間の下積み生活を経て、“好き”を仕事にできた理由とは……。
戸田さんの「キャリアオーナーシップ」、すなわち自らの意志で「はたらく」を選択することに、転職サービス「doda」の編集長・大浦征也が迫る!
“いい夢”ばかりを見てはいけない
大浦: 本日はよろしくお願いいたします。戸田さんは、1970年代に映画『地獄の黙示録』の映画字幕翻訳を手掛けて以来、年間50本というハイペースで仕事を手掛けるようになりました。生粋の映画好きといっても、相当大変だったのではないでしょうか。
戸田: 平均すると、毎週1本の映画字幕翻訳を行っていました。でも、もちろん仕事の数には波があるわけで、3本同時並行で進めるときもありましたよ。
大浦: 3本同時! 依頼をいただいてから完成させるまでに、どのくらいの期間で行っていたのでしょうか。
戸田: それが1週間ですよ。情け深い会社は10日。でも、それ以上っていうことは、まずありませんでした。
大浦: それはすごい……! あまりの多忙さに、嫌になることはありませんでしたか?
戸田: 好きなことだから嫌にはなりません。また 1本1本の映画の内容が違うから、やれるのよ。同じような映画ばかりだったら、退屈しちゃう。毎回、まったく違う世界に飛び込めるのが映画です。だから、年間50本ものペースでやることができましたし、楽しめたのだと思います。SFもあれば、ラブロマンスもあり……。かと思えば、裁判ものもある。あらゆる世界が映画のなかにはありますから。
大浦: でも、戸田さんも人間ですから、好みも当然あるのではないですか? 「この作品はちょっと……」というような。
戸田: 依頼をいただいたら、やらざるを得ないのよ。こっちは仕事をいただく側ですから。でもね、それもまた、おもしろいの。ヒット作になるだろうという見当がつくものもあれば、そうじゃなかった映画が化けることもあります。映画は水物ですから。
大浦: なるほど、それはおもしろいですね。時間的な制限という意味での、作品の取捨選択はありましたか?
戸田: それはもちろんありましたけど、作品の良し悪しで選ぶようなことはしませんでした。20年間、映画字幕翻訳を手掛ける機会を待っていたわけですから、依頼が舞い込んでくるのは、素直にうれしかったですよ。
大浦: 戸田さんは、津田塾大学に在籍していた大学4年生のころ、映画翻訳という仕事が脳裏に浮かび、映画字幕翻訳者の清水俊二さんに手紙を書いていますが、「難しい世界だから」と諭されたというエピソードがあります。しかし、戸田さんはそこであきらめませんでした。洋画配給会社の翻訳業務の依頼を、フリーランスとして少しずつこなしながら人脈をつくり、機会を待っていた。その転機となったのが、冒頭にも出てきた『地獄の黙示録』だったと。その間、約20年。すごいことです。
戸田: よく、お調べで(笑)。
大浦: しっかり、著書を読み込んできました(笑)。『地獄の黙示録』では、本来、現場での通訳を務めていたんですよね。その腕を見込まれて、かの有名なフランシス・フォード・コッポラ監督が映画字幕翻訳にも推薦したと。そこから、一気に仕事が広がっていきました。
戸田: はい、そのとおりです。
大浦: 我々、パーソルキャリアは、転職サービス「doda」やプロフェッショナル人材の総合活用支援サービス「HiPro」等のブランドで就職・転職支援やフリーランスの方の仕事探しを支援する会社です。戸田さんのようにあこがれの仕事に就いたものの、理想とのギャップを感じて辞めてしまう方も少なくないのですが、どう思われますか?
戸田: それは、志が弱いんじゃないですか? 私は、最初から今に至るまで、「映画が好き」という気持ちが常に基本にありました。だから、続けてこられたのです。
大浦: ふんわりとした理想ではなく、「本当にそれがやりたいことなのか」を明確にする必要があるのでしょうね。そこに、キャリア形成の主体性、つまり、「キャリアオーナーシップ」があると。
戸田: あとは、覚悟が必要です。私の場合、たまたま、いい方向に転ぶことができましたけど、どちらの方向に進むかは五分五分ですから。夢を持つだけじゃ、だめよ。そんなに甘い世界じゃないですよ。ものにならないかもしれない、という覚悟は常に持つべきです。
大浦: いい夢ばかりを見ていてはダメだと。
戸田: いい夢ばかりを見ていて挫折したら、もう立ち上がれませんよ。それが怖かったから、悪い夢もちゃんと見ていました。それは大事なことだと思います。それが自分の人生の責任を取る、ということだと思いませんか?
嫌なことは「ノー」と言えばいい
大浦: 戸田さんは長年、映画字幕翻訳の仕事をしてきています。第二の人生を選んで悠々自適に過ごすこともできると思うのですが、今もこうして仕事を続けられるモチベーションは、どこから湧いてくるのでしょうか。
戸田: それはもう、大前提として映画が好きだし、自分が本当に楽しんでこの仕事をしているわけです。だから、一人でも多くの人に映画の楽しみを分けたいっていう、その気持ちですよ。こんなにいいものがあるのよ、一緒に楽しみましょうって。できる限りは続けていきたいと思っています。
大浦: シンプルかつ、すてきな動機ですね。一方で、通訳の仕事はご引退を表明されたことがニュースになりました。
戸田: 私、86歳ですよ。普通なら、60歳で定年なのに、どうしてニュースになるのって、びっくりしましたよ(笑)。通訳のほうはね、字幕翻訳とは違い、即座の反応を要求されます。年を重ねると、衰える部分もありますから。100パーセントの力が出せないなら、やめたほうがいいと思ったのです。それにね、元々、通訳の仕事は押し付けられて、仕方なくやり始めた仕事ですから(笑)。
大浦: そうだったのですか!?
戸田: とはいえ、たくさんのスター俳優に会えるのは、映画ファンとしてはうれしいことなので、楽しくやらせてもらっていました。でも、私、基本的には嫌なことはしません。それは私の人生の大鉄則です。通訳の仕事も、翻訳の仕事も、それぞれ楽しみを見いだせたからこそ続けてこられたのだと思います。
大浦: それが健康の秘訣でもあるのかもしれませんね。
戸田: そうですよ。だって、嫌なことを「ノー」と言うのって、そんなに難しいことじゃないですよ。他人に迷惑をかけるのは良くないけれど、嫌なことには「ノー」と言えばいいのよ。
大浦: それが、会社勤めの方だと難しいところでして……! どうすれば「ノー」と言えるのかを、後編でお聞かせください。
※掲載している内容・肩書・社員の所属は取材当時のものです。