「自分らしく、やりがいを持ってはたらきたい」。そう思っている人は多いはず。しかし、実現することは容易ではありません。その想いを実現し、現在第一線で活躍するビジネスパーソンは、どのように考え、学び、そして選択したのか。彼らの「キャリアオーナーシップ論」に迫ります。
『インディ・ジョーンズ』や『E.T.』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『トップガン』『ミッション・インポッシブル』『タイタニック』など、数え切れないほどの名画の映画字幕翻訳を手掛けてきた、戸田奈津子さん。無類の映画好きだった彼女が、20年間の下積み生活を経て、“好き”を仕事にできた理由とは……。
戸田さんの「キャリアオーナーシップ」、すなわち自らの意志で「はたらく」を選択することに、転職サービス「doda」の編集長・大浦征也が迫る!
“好き”は、自分のなかにある
大浦: 「嫌なことを『ノー』と言うのって、そんなに難しいことじゃない」というお話がありましたが、世のビジネスパーソンはそこに悩み、葛藤を抱えながら仕事をしているものだと思います。
戸田: 決断というか、ものの考え方だと思います。想像するに、自分の本当に好きなことを見つけられていないんじゃないかしら。本当に好きなことに、なるべく近い仕事を選べば、少しくらい大変なことも苦ではないと思いますけどね。不思議ですよ。だって、好きなこと・ものがない人なんて、いないでしょう? 子どもなんて、特にそうですよ。好きなものいちずの日々を送っていますよ。
大浦: そうか。大人になると、好きなものを見失ってしまうのかもしれません。
戸田: 見失ってしまったのなら、自分の人生を振り返ればいいんですよ。そこに、何かがあるはずですから。自分の好きなことが分かっていないということは、自分のことを分かっていないということだと思います。答えは自分のなかにしかありません。自分の頭で自分と向き合うことです。
大浦: やりたいこと・好きなことが見つからない場合、何をすればいいかを人に相談するという方も多いと思いますが、自分で考えたほうがいいのですね。
戸田: どうして、自分にしか分からないそんなに大切なことを人に相談するのかしら。好きなものって、消えないものですよ。それを見失っているのなら、自分で見つけ出すほかにありません。大抵は、子ども時代にあるはずです。自分のルーツをさかのぼっていけば、必ず好きなものを再発見すると思いますよ。
大浦: 戸田さんは、幼少時代、お母さまに連れていってもらった映画館でカルチャーショックを受けたそうですね。
戸田: 当時は終戦間もないころで、日本は灰色の世界でした。でも、映画館のなかには、バラ色の世界が広がっていたわけです。あまりにも現実と違うんだもの。でも、今の人たちに、あのショックは分からないと思う。生まれたときからカラーテレビや動画サイトがあって、満たされているから。
大浦: でも、作品に触れる魅力は、時代を経ても変わらなさそうですね。
戸田: はい、それはそうだと思います。フィクションの世界を追体験して、イマジネーションの世界で遊ぶのは、とっても楽しいことですから。それは、翻訳の仕事をしているなかでもそうですよ。私、本当に、365日、仕事漬けでしたから。何かを学ぶのは、仕事のなかから。映画のなかには、森羅万象があります。そこで得たものが、次の仕事にも生きていくんです。
大浦: 仕事のなかから、学びを得ていったと。
戸田: 映画ってね、人の生き方を描いているわけです。私は結婚もしなかったし、子どもも産みませんでした。時間的に捨てざるを得なかったのです。でも映画がいろいろなことを教えてくれました。現実は仕事で手いっぱいだけど、映画のなかで、世界の古今東西を体験できるのです。私にとっては本を読む子どものように、イマジネーションの世界で楽しく遊んできたと言えます。
自分の人生は自分で切り開く
大浦: 今、戸田さんのように“好き”を仕事にしたいと考えている人が、たくさんいると思います。戸田さんにとっては、いつ、どこでした決断が、現在のキャリアを形づくったとお考えでしょうか?
戸田: 映画に携わる仕事って、宣伝だったり、脚本だったり、あとは俳優……にはなろうと思いませんでしたけど、いろいろあるでしょう? そのなかでも、字幕にしようと決めたことだと思います。私は英語も好きだったので、大学でも、英文学科を選びましたから。就職を前に映画好きと英語好きの両方を活かせるのはなんだろうと考えたときに、映画字幕翻訳が浮かんだんです。それが人生を決めた決断でしょうね。
大浦: 映画字幕翻訳の仕事の魅力は、どういったところに感じますか?
戸田: 自分が人の心のなかに入って、いろいろなドラマをつくるお手伝いをできるところです。もっとも、そのキャリアを形成するまでに、約20年間、踏ん張る形にはなりましたけど。
大浦: 実は、大学卒業後は、生命保険会社の秘書の仕事を1年半ほど勤められていたんですよね。
戸田: それは腰掛けですよ(笑)。だって、生きるためにもパンは稼がなきゃいけないでしょう? こう言うと当時の会社に悪いですけど、仕事があまりにも退屈でした。制服を強要されるのも嫌でしたし、8時から17時まで拘束されるのも、本当に窮屈で
大浦: そこから、20年の歳月をかけて、好きな仕事にたどり着けたと。
戸田: そんなにかかるとは、もちろん思っていませんでしたよ(笑)。常に、「チャンスは明日来るかもしれない」と思っていましたから。結果、20年もかかりましたけど。
大浦: その間、不安な気持ちはなかったのでしょうか?
戸田: もちろん、ありましたよ。だけど、ほかにやりたいことがなかったんだもの。周りはね、私が何をしているかなんて、全然知らない。会社にも行かず、お嫁にも行かず、なんだか翻訳のアルバイトらしいことをしているって。そう思われていました。だけど、自分は目的を達成したいという想いがありましたから。就職口やお見合いを勧められても、全然、興味が湧きませんでした。
大浦: でも、なかなか、それができない人が多いのも事実だと思います。
戸田: ご飯を食べられなくなる世の中じゃないなら、自分に賭けていいんじゃないですか?私、最悪、ゴミをあさって生きていければいいとさえ思っていましたから。別に、失敗しても死ぬわけでもありませんし。ちょっとの不安くらい、持つのは当然ですよ。
大浦: そこまで……! すごい覚悟だったのですね。
戸田: 今、迷っている人に伝えたいのはね、「嫌々生きるほど、もったいないことはない」ということです。好きなことが重要なんだと自覚してほしいの。迷う気持ちを持つのは分からないでもないけど、それは自分の考え方次第。命を授かった以上、自分の人生は自分で切り開いていかなくちゃ、自分に申し訳ないでしょう?
戸田さんとの対談を終えて
戸田さんは、ご自身の“好き”を見つけ、その想いを大切に、自分らしく人生を歩んでこられた。シンプル、かつ本質的で重みのある言葉がそれを物語っており、これこそが「キャリアオーナーシップ」だと改めて実感しました。
これを実現するのは容易ではありません。しかし、難しく考えすぎずとも、戸田さんのおっしゃっていた「“好き”は自分の中にある」「常に“好き”がかなわなかったときの準備もしておく」が、「キャリアオーナーシップ」を手にするヒントになり得るのではないでしょうか。今キャリアに迷っているなら、まず自分の“好き”を再認識することから始めてみると良いかもしれません。戸田さん、すてきなお話をありがとうございました。
※掲載している内容・肩書・社員の所属は取材当時のものです。